「前は楽だったのに」と言われたとき、値札を付けた側が悪いわけじゃない

その「ちょっとお願い」、中に何工程入ってるか数えたことあるかね

「これ、ちょっと載せといて」と言われた一件を思い出してみてほしいさ。

紙一枚の文章を受け取って、そのまま貼れば終わり——に見える。でも実際にやることを並べると、まず社名や肩書きの表記が他のページと揃っているかを確認して、去年の似た告知と言い回しがぶつかっていないか見て、写真の向きと文字量のバランスを調整して、公開前に「これ、専務の名前先でいいんですよね」と一本確認を入れて、公開したあとに問い合わせが来たときの返し方まで頭の中で用意しておくわけ。

やってみると半日は溶ける。なのに、これは「ちょっと」と呼ばれる作業。どこの予定表にも半日ぶんの記載は残らないし、月末の報告にも「ちょっと」としか書けないのよね。

で、あるときちゃんと工数を出してみるわけよ。「これ、実は半日かかります」と。そうすると返ってくるのが、あの一言。

「前は楽だったのに、なんか面倒になったね」

……この言葉、けっこうこたえると思うけどね。こっちは何も変えていない。ただ、いままで見えていなかったものを見えるようにしただけなのに、自分が仕組みを面倒にした人みたいな顔になってしまう。これ、言う方も言われる方も心当たりある人けっこういるんじゃないかねぇ。

使った分だけ、と言われて初めて見えてくるもの

今週、AIエージェントの登場によって、定額使い放題の時代が終わりそうという話が出ていた。月いくらで好きなだけ、という形が、使った分だけ、という形に変わっていきそうだという話ね。

これを見て、たいていの人は「値上げか」と受け取ると思う。オジイも最初はそう思った。でもちょっと考えてみると、違う見え方も出てくるわけよ。使った分だけになるということは、これまで自分がどれだけ使っていたのか、初めて数字で目の前に出てくるということでもある。いままでも使ってはいたんだよ。ただ、金額が月額固定で動かなかったから見えなかっただけで。

面白いのはここから先でよ。使った分だけの形になると、頼む側の態度が変わる。定額のうちは「とりあえず投げとくか」でよかったものが、「これ、本当にいま必要かね」と一拍置くようになる。同じことを頼んでいるのに、頼み方が変わるんだわけ。

これ、そのまんま人の仕事で起きていることだと思うのよね。

昔、依頼が全部立ち話で飛んでくる職場にいたことがあってよ。廊下ですれ違いざまに「あれ、明日までにお願い」で回っていた。さすがにまずいと思って、依頼受付の紙を一枚作ったのよ。目的、期日、誰に見せるか、素材はあるか。四つだけ書いてもらう紙。

結果どうなったかというと、依頼の数はたしかに減った。でも同時に、「前のほうが早かったよね」と言われるようになった。何も減らしていない。減ったのは、依頼する側がゼロ秒で済ませていた部分だけなのに。

あのとき自分の中でずっと引っかかっていたのは、「面倒になった」という言葉の向きよ。面倒は増えていない。ただ、それまで自分が黙って引き受けていた「考える時間」が、頼む側にちょっとだけ移っただけだったわけよ。

値札は、断るために付けるんじゃなくて、選んでもらうために付ける

ここが混ざりやすいところだと思う。

工数を出す、時間を見せる、費用を出す。こういうことをすると、多くの人は「断られる準備をしている」と受け取る。出すほうも、正直そのつもりが少し混じる。だから空気が固くなるんよね。

でも食堂のメニューに値段が書いてあるのは、客を追い返すためじゃないと思うさ。あれは、いま自分の財布で何を選べるかを客に渡すためのものだからよ。値段の書いていない食堂は、一見おおらかで親切に見えるけど、注文する側はずっと落ち着かない。むしろGoogle先生に料金がどのくらいか検索してから注文するかもしれんね。

だから「前は楽だったのに」と言われたとき、相手は冷たくされたと思っているわけじゃなくて、たぶん自分が何を消費していたのかを初めて知って、居心地が悪くなっているだけなんじゃないかね。そして、その居心地の悪さの持って行き先が、値札を付けた人になってしまう。仕組みを作った側が悪者に見えるのは、だいたいこの流れだと思うよ。

それとはまた違う解釈になるけど、そもそも「値札がない状態」って、誰も得していないとも言えるんだよね。頼む側は判断材料がないまま頼んで、受ける側は黙って払い続ける。どっちも、選んでいない。選んでいないものは、感謝もされないし、改善もされない。半日かけた表記確認は、値札がない限り永遠に「ちょっと」のままだからよ。

以前、Claudeに毎回「前提」を説明し直しているのは、仕組みの問題かもしれないという記事で、毎回同じ前提を説明し直す疲れは、実は仕組みの側に埋め込まれている、という話を書いた。あのときの「毎回説明し直すコスト」と、今回の「毎回黙って払っている工程」は、たぶん同じ場所から出ている。見えていないコストは、消えているんじゃなくて、誰か一人のところに寄せられているだけなんだよね。気がついてやっちゃう人が損をするから、気が付かないフリをする人間もそりゃ出てくるってもんよ。

そこまで分かったうえで、じゃあどうするか。請求書を突きつけるんじゃなくて、メニューを出す。同じ時間で何ができて、何を削るとどこが落ちるのか。それを相手に選んでもらえる形にできたら、値札を出した人が悪者にならずに済むんじゃないかなって、オジイは思うわけよ。

「ちょっと」を、相手が選べる一枚に変える手土産

決裁は上にあって、実務は自分ひとり、という回し方をしている人に向けて書くね。断る材料を作る話じゃなくて、相手に選ばせる材料を作る話だから、そこだけ先に言っておくよ。

1. 直近で軽く頼まれた一件を、まるごとAIに分解させる

ChatGPTでもClaudeでもGeminiでもいい。下のまま貼って、カッコの中だけ自分の案件に書き換えてほしい。

あなたは、社内の依頼業務を工程に分解し、依頼者が選択できる提案表を設計する担当者です。以下の依頼について作業してください。

【依頼内容】(例:社内イベントの告知を自社サイトに掲載してほしい、と口頭で頼まれた)
【私の立場】(例:広報・企画を実質ひとりで担当。決裁は上長)
【相手の認識】(例:「文章を貼るだけ」だと思っている)

条件:
・この依頼を実際に完了させるために必要な工程を、抜けなくすべて書き出すこと。表記や体裁の確認、過去の発信との整合、関係者への事前確認や根回し、公開後に発生する対応など、依頼者からは見えにくい工程も必ず含めること。
・各工程について「所要時間の目安」「着手に必要な前提条件(誰の確認が要るか、何の素材が要るか)」「この工程を省略した場合に具体的に何が落ちるか(どんな事故・手戻りが起きるか)」の3点を書くこと。
・そのうえで、同じ依頼に対する3つの案を作ること。A:全工程を実施する案 / B:半分の時間で仕上げる案 / C:最短で出す案。それぞれについて、所要時間の合計、実施する工程、省く工程、省いたことで受け入れてもらう必要があるリスクを明記すること。
・断る・できないという表現は一切使わないこと。あくまで「この時間なら何が選べるか」を提示する表にすること。
・出力は依頼者にそのまま見せられる表形式にし、専門用語を使わず、社内の誰が読んでも分かる言葉で書くこと。
・最後に、この表を口頭で相手に渡すときの一言を2パターン提案すること。

これで出てくるのは、断るための請求書じゃなくて、相手が選べるメニューだね。「やれません」ではなく「この時間ならBです、Aにするなら明後日までください」と言える状態になる。
所謂タスクの分解作業ってやつね。

2. 出てきた表に、自分の手で二種類の線を引く

ここが本題だと思ってるさ。AIが並べた工程を上から見ていって、大まかでいいから好きかそうじゃない作業かで、メモ帳あたりにコピペして、好きな方の頭に☆でも✓でも入れて欲しいわけ。

もう少し詳しく説明すると、ひとつは、時間は食うけど自分は好きでやっている工程。表記を揃えるとか、去年の言い回しと並べて見るとか。ここは値札を付けても、自分が選んで払っている部分だから、削る必要はないわけよ。

もうひとつは、当然のように扱われて、いちばん先に削られている工程。事前の一本の確認とか、公開後の問い合わせの受けとか。たぶんここが、ずっと黙って払ってきた場所なんよね。

AIの出した表と、自分の感覚がズレるところが必ず出てくる。「これは30分と書いてあるけど実際は倍かかる」「これは勝手に必須にされてるけど、うちでは要らない」。そのズレに気づいた瞬間に見えているのが、自分が何を大事にして(こだわって)仕事をしているかだと思うさ。AIは平均を出すだけで、あなたの線は引いてくれんからよ。

3. 線を引いた表を、もう一度AIに渡して一枚に絞る

「以下の表のうち、私が印を付けた工程は絶対に省けない前提で、A・B・Cの3案を作り直してください。省けない理由も、依頼者に伝わる短い言葉で1行ずつ添えてください」と入れて出し直す。

これで手元に残るのは、自分の意志が入った提示表になる。相手に渡すときも「面倒になった」ではなく「どれにしますか」で話が始まるはずよ。断るわけじゃなく「選択してもらう」っていうことだし、値札を付けるって、たぶんそういうことなんじゃないのかなと思うのよね。

そう言っておいて、オジイは自宅での頼まれごとを数えることはないんだよね。今作ってるAIエージェントには工程を洗い出させる癖をつけてるのに、夕方に「ちょっと焼き豆腐買ってきて」と言われて、ついでに玄関を掃いて、電球が切れているのに気づいて100均とスーパーに買いに出て、帰りがけに嫁が喜ぶかなとミスドでポン・デ・リングをつでに購入して。戻ったらなんやかんやで一時間経っているわけよ。あれに値札を付けたい気はまるで起きないから、数えないまま払っておくほうが幸せなものも、どこかにはあるんのかもしれないさ。また次回も楽しみにしてね!