AIに何を読ませるか、それ自体がすでに「ディレクション」やっさ

問い

ひとりで制作の判断を下し続けていると、ある時点で「自分は何を拠り所にしているのか」がわからなくなることがある。デザインの方向性、文章のトーン、モチーフの選び方——判断の積み重ねがその人の仕事を作っているはずなのに、その根っこが何なのかを誰かに相談できる相手がいない。

選択肢は増えた。AIもある。でもその道具に「どう使えばいいか」は聞けても、「自分はなんでこっちを選ぶのか」は聞けない、という違和感がある人はいないかね。

現場

Googleが先週、グーグル、購入した電子書籍を「Gemini Notebook」に追加可能に という機能を発表した。Google Play Booksで買っておいた電子書籍を、AIの思考素材として直接取り込めるようになったという話やっさ。10万冊超に対応しているとのこと。

機能の説明を読んで、最初に思ったのは「便利だな」じゃなかったわけよ。「何を選んで取り込むか」という部分が引っかかった。

オジイが作っているAIシステムの開発記録に、まったく同じ構造の話がある。AIが参照する情報をどこに置くかを整理する作業をしていたとき、情報を記録しておいたのに、それを取り出すための仕組みが存在しなかった。結果、AIに構成について尋ねると「わからない」と答えていた。情報はそこにあったのに、届いていなかったわけ。

逆に、着手前にAIが必ずコードを読む、というルールを明示的に設計した記録もある。読む順序と範囲を決めることで、AIが出す判断の地盤が変わる。「何を読ませるか」を設計した瞬間に、アウトプットの質が変わるのを実感したわけよ。

Claudeに毎回「前提」を説明し直しているのは、仕組みの問題かもしれない でも書いたけど、AIに何を渡すかの設計をしていなければ、毎回ゼロから関係を作り直すことになる。インプットの設計というのは、利便性の問題じゃなく、思考の地盤の問題なんだわけ。

補助線

クリエイティブディレクションの仕事でも、これと同じことを長いことやってきた。

たとえばデザイナーへ指示をするとき「いい感じに作ってください」は禁句。もちろんある程度仕事を重ねた場合は端折れるすり合わせもあるけど、どのサイトのデザインを参照するか、どういう配色でどんなフォントで、何を伝えたいかを打ち合わせの前に必ず自分の中で整理する。そのインプット源を選ぶ作業が、最終的なアウトプットの方向性を決めるわけさ。

アウトプットをいじるのが「制作」で、インプット源を選ぶのが「ディレクション」だとすれば——AIに何を読ませるかを選ぶ行為は、制作ではなくディレクションの側に立っているわけよ。

Googleの新機能は、その行為を後押しする道具やっさ。購入済みの本をAIの素材として取り込める、ということは、「自分が信頼してきた思考の地盤」をAIに持たせることができる。ただ、機能として使えることと、何を選ぶかは別の話やっさ。10万冊あっても、どれを選ぶかに意図が宿らなければ、ただ詰め込んだだけになる。

AIに「パクられる」より怖いのは、「選ばれなくなる」ことだったで書いたことと、実はここで繋がってくるんだわけ。選ばれ続けるためには、自分の判断軸を保ち続けることが必要で、その軸はどこから来るかというと、自分が長年読んできたもの・見てきたもの・捨ててきたもの、その積み重ねから来るはずやっさ。AIに何を読ませるかを選んでいる時点で、自分の軸を可視化する作業をしているわけよ。

なんも考えなしに「便利な機能だから使う」だけだと、インプット源は誰かが薦めた本、流行っている本になっていく。ディレクションの観点でいうと、それは思考の地盤を他人に設計させているのと変わらない。

持ち帰り

ひとりで制作の判断を下している人に向けた話やっさ。答えをもらうためじゃなく、自分が何を拠り所にしているかを確認するために、AIを使ってみてほしい。

ステップ1: 今の案件に関係しそうな本を1冊選ぶ
「参考になりそうな本」じゃなく、「これが自分の判断の根っこにある」と感じる本を選ぶこと。手元になければ、過去に何度も読み返した本でもいい。何を選ぶかに迷ったら、その迷いの内容がすでに答えに近いわけよ。

ステップ2: AIにその本を読ませて、案件について問いかける
ChatGPT・Claude・Geminiのいずれかで、本のテキストを貼り付けるか、Gemini Notebookなら電子書籍ごと取り込んで、「この本の考え方をベースに、自分が今抱えている○○の案件の方向性について意見がほしい」と投げる。具体的には「この本の視点から見ると、この提案の方向性で何が抜けていると思うか」のように、比較の素材として使う問いにすると答えが具体的になるわけ。

ステップ3: AIの答えより、自分が選んだ本に注目する
AIが新しい切り口のアイデアや足りない情報をすべて補完してくれるわけじゃないけど、どう「言語化」すれば、見えなかった溝にスコープを当てやすくなるかっていう勘所の選択肢が見えてくる。その言語化を通してるのが自分の判断軸やっさ。言語化できなかったなら、言語化できない何かに頼って今まで判断してきたことがわかる。どちらも収穫やっさ。

オジイも昔、webディレクションの打ち合わせ前に、参考にするデザインや競合のサイトを吟味するのに一番時間をかけていたわけよ。今調整してるAIエージェントにも、何を読ませるかを設計する仕組みを入れてるんだけど、自分自身のインプット源がちゃんと整理できてるかというと——まあ、積ん読の山がでーじ高くなっているわけさ。
ガンプラもしかりで重たい(パーツ数の多いPGやMG)が場所を取るのになかなか崩せないのも同じ理由かもしれんね。
また次回もよろしくね〜。