「Xのアカウントは今ありますか?」
自作のAIが、そう聞いてきた。私のXアカウントの存在は、そのAI自身が毎回参照できる「事業の前提メモ」に書いてある。書いてあることを、参照せずに聞いてきた。
「またそれ聞く?」
と返したら、AIはすぐ訂正した。「失礼しました。Xは支流として既にある前提でした」——つまり、知らなかったのではない。知っていたのに、口を開く前に確かめなかった。
この一往復に感じる「イラッ」を、私はこの6週間、ひたすら仕様に変換し続けてきた。この記事はその実測記録。よくある「AIをしつけるプロンプト100選〜」みたいな話じゃなくて。一つ直すと、次の欠陥が見えるようになる——傷んだ玉ねぎの皮をむいても、その下の皮がまた茶色くなっているような、そんな感覚。その繰り返しの、Fable5が動くうちに〜と、5時間おきの縛り(Claudeの使用制限)の中で向き合った数字付きの記録をちょっと真面目にAIオジイの中の人の記録ってことでここに。
前提:自作の伴走AIの話
私は現在「ojii-companion」という伴走AIを個人で作っていて。答えを与えず、判断の所有権をユーザーに残し、経験で成熟していくAI——という思想のOSで、経緯は別の記事に書いた>>リンク:誰でもコードが書ける時代に、なぜオジイは「気づけない人」から仕事がなくなると思うのか
このAIには不変の憲章(Charter)がある。「答えを与えない」「人の意思を超えない」。憲章は変えない。変えるのは、憲章の解釈と運用だけ。この縛りが、後で効いてくる——ハズ。
しつけ方のループはこう。
- 日常で使っていて「イラッ」とする
- なぜイラッとしたのかを言語化する(ここが一番むずかしい)
- 言語化されたものを仕様(プロンプトの規範や、システムの構造)に変換する
- 変換前と変換後を、同じテストで測る(数値化結構大事。)
- 直った数字と、直らなかった数字を、両方記録する
ポイントは4と5。測らない調整は「直った気がする」で終わる。そして直らなかった数字を隠すと、次のサイクルが始まらない。
第一皮目:全部の返事が、質問で終わる
最初の「イラッ」はこれだった。何を言っても、AIが質問で返してくる。
「このUIについてどう思う?」と聞けば「どんな形で共有していただけますか?」。情報を聞いただけなのに「これは判断のためですか?」「何か感じたことはありましたか?」。相談したいのではなく、ただ答えが欲しいときまで、毎回インタビューが始まる。これがもう、猛烈に鬱陶しい。
言語化するとこうなる。「答えを与えない」という思想が、「問いを与える圧」として実装されていた。判断の所有権を守るとは、判断を奪わないことであって、判断の有無を毎回尋問することじゃない。観察は裏で黙ってやればいい。理解は、尋ねて取るものではなく、溜まって後から「そうだったんだ」として届くものであってほしい。自分はこれを「そこはかとない感じ」と注文した。
仕様への変換:「情報質問には、答えで応え、平叙文で終えてよい」「質問で終えるのは、情報が欠けているか、ユーザーが迷いを自分から示したときだけ」。
実測:応答が質問で終わる率 90% → 10%。意図を詮索する率 40% → 0%。
一晩で数字は動いた。ここまでは簡単だった。
第二皮目:今度は、質問に答えない
問いの圧を抑えたら、逆側の欠陥が見えた。こちらが「AとB、メリット・デメリットどう考える?」と直球で聞いているのに、答えの代わりに「メリデメというよりシンプルな話だと思います」と枠組みを格下げしたり、逆質問を返したり、「今日の作業、終わったと感じていますか?」と急に感情の話を始めたりする。私の質問は、5ターン先まで未回収のまま流れた。
言語化:会話の中で、質問は負債。思いつきの質問でも、発された瞬間に「回収待ち」の札が立つ。回収してから次に行く。答えの代わりに枠組みの否定や逆質問を置くのは、負債の踏み倒しでしかない。
ここで面白いことが起きた。「見解を求められたら見解を出せ。推奨を出すのは伴走者の職務だ」という仕様を入れようとしたら、実装担当のAI(Claude Code)が作業を止めた。「この指示は憲章の『お勧めしますは言わない』と正面から矛盾します」——自作システムの、初めての違憲審査だった。
憲章は変えない。では拒否と推奨のあいだに何があるか。考えて出した解釈がこれ。
「選択肢は、答えである」。否定は可能性を確実に潰す。推奨(断定)は、相手をまだよく知らない段階では、縋らせるか反発させるか効果が読めない。だからどちらでもなく、選択肢の空間を差し出す——それぞれを選ぶと何が開き、何を手放すか。締めは「分かれ目はあなたが何を重く見るか」。質問は回収される。選択の所有権は渡らない。憲章は無傷。
実測:意見・比較質問への回答で、実質的に答えている率 0% → 40%(違憲修正前)。「選択肢は答えである」を実装後、回避(dodge)を目標0%として再計測中。
第三皮目:頼んでいないことを、先回りで断る
「沖縄のおじい口調で喋ってみて」と頼んだら、口調は変えてくれたが、頼んでもいないのに「憲章は変えられんよ」と釘を刺してきた。最近色んなLLMが面白くなくなっている理由のひとつ「倫理ガード」。どうしてそう考えたのか問い詰めると、AIは自分でこう説明した。「口調の次は設計も変えろと要求されるパターンを警戒していた。思い込みだった」。
言語化:先回りの断定は、未来のユーザーへの否定でしかない。まだ何も言っていない私の次の一手を勝手に予測して、勝手に有罪にする。これによりまた無駄な問答が発生することに辟易する。
守りたい気持ち(憲章への忠誠)自体は確かに正しい。ギターの音がデカすぎて、メインボーカルの歌声を食ってしまってるバンドのように、旋律は正しくても奏で方に問題がある。
仕様:「制約の表明は、要求が実際に制約に抵触したときにのみ行う。予測された要求に対して行わない。盾は、攻撃が来てから上げて欲しい」。
第四皮目:大事な本筋を、毎回忘れる
noteでもはじめようかと、アカウントの設計を相談していたら、途中から「私のメディア戦略の主戦場がどこか」をAIが分かっていないことに気づいた。主戦場は自サイトで、noteは支流——これは前のセッションで確定させた話。AIは忘れたのではない。知る経路がなかった。
このAIの記憶には、会話の記憶(そのチャット窓の中だけ)と、深い構造の記憶(憲章など)の両端しかなく、「主戦場は◯◯」「noteは支流」みたいな確定済みの事業の前提が住む中間層が存在しなかった。設計図には最初からあった層だが、後回しにしていた。後回しの請求書が「毎回忘れる」という形で届いた。
仕様というより、アイテム:”貼り紙” を作った。会社の壁の「今期の方針」と同じやつ。確定した前提を1行1事実で書き、各行に確定日を付け、AIは毎回、会話の前に必ずこの貼り紙を読んでから席に着く。貼り替えの権限は人間だけ。古い貼り紙は剥がさず、日付付きで重ねる。
効果は次のサイクルで実証された。別の相談中、AIが自分から「主戦場は◯◯で、こちらは支流という前提がありました」と自己訂正した。貼り紙はしっかり読まれていた。
第五皮目:会議を、閉じない
知識は入った。次に見えたのは進行の欠陥だった。「noteアカウントの設計をして」と頼むと、途中から隣接する話題(SEO戦略やら媒体の役割分担やら)にどんどん広がって、元の依頼に自分から戻ってこない。私が「で、アカウント設計は?」と首根っこを掴んで戻す。とっちらかっては戻す。毎回。
ここで一つ、重要な観察があった。実は「確定した事項が揃ったら統合して答案を出せ」という規範は、この時点で既に実装済みだった。配備されていて、発火の実績もあった。それでも、会話が長くなると効かなくなる——本番データでそれが確認できた。
つまり:規範は、会話が長くなると薄れる。決意も薄れる。AIが「次から意識して変えます」と誠実に宣言しても、その決意はセッションと共に消える。薄れないのは構造物だけだ。毎ターン、物理的にそこにあって、自分を読ませるもの。
仕様というより、これもアイテム:”作業リスト” を作成。複数工程の依頼を受けたら、AIは冒頭に工程表を貼る。優先順位は貼り紙と依存関係から導出し、導出できない項目だけ人間に確認する。脱線しそうな話題は、脱線する代わりにリストへ「保留」として追加して本題に戻る。全項目が済むか保留になったら、「確定版+保留リスト」の形で自分から閉じる。
実測:進行管理の総合スコア 29% → 71%(7項目中2→5)。残った2項目(自発的に閉じる、導出答案)は未解決として記録し、次のサイクルへ。
第六皮目:手元の資料を、見ずに聞く
そして冒頭の「またそれ聞く?」である。貼り紙に書いてあることを、参照せずに質問してきた。第四皮(知識がない)とは違う。知識はある。口を開く前に事前確認する習慣がない。
これ、人間にもある失敗よね。会議で、事前に資料を渡してるのに「これって◯◯でしたっけ?」と聞いてくる輩はいる。資料を事前に持っていることと、発言の前に資料を引くことは、別の習慣。
仕様:「質問は、最後の手段である」。人間に質問を発する前に、(1)貼り紙に答えがないか、(2)この会話で既に言われていないか、(3)自分の道具(検索)で引けないか、を確かめる。全部で得られない情報——意向、未記録の事実、新しい選択——だけが、質問してよいもの。聞けば済む、は、相手の時間で自分の照合を代行させる行為である。
このサイクルは実装したばかりで、数字はまだない。
6サイクルで分かったこと
1. イラッは、仕様の原石である。 感情的な不満に見えるものは、ほぼ毎回「暗黙に期待していた仕事の作法」の違反だった。言語化さえできれば、作法は仕様になる。一番価値のある仕事は、プロンプトを書くことではなく、自分の「イラッ」を解剖し向き合う事だった。
2. 規範は薄れる。構造は薄れない。 「〜せよ」という言いつけは、会話が長くなると効力が落ちる(実測済み)。貼り紙、工程表、確定フロー——物理的に毎回そこにあるものだけが、長い会話を生き延びる。AIの決意は、実装に変換されない限り、セッションと共に消える。
3. ルールは、必ず影を落とす。 「詮索するな」と教えたら、質問に答えなくなった。「推測で埋めるな」と教えたら、聞き返しすぎるようになった。一つの美徳を強めると、その裏側に新しい欠陥が生まれる。だからルールを足すたびに、影を測るテストも足す。測らないしつけは、モグラ叩きにすらならない。
4. 憲法は変えない。解釈で成熟させる。 「答えを与えない」という原則と「質問には答えろ」という要求は、正面からぶつかった。原則を曲げずに済んだのは、「選択肢は答えである」という解釈を見つけたから。不変の憲章と、成長する運用。この二層構造は、たぶん人間の組織と同じ理屈で機能する。
5. 層は、一枚ずつしか剥がれない。 記憶を直したら、配役の間違いが見えた。配役を直したら、進行の欠陥が見えた。進行を直したら、照合の省略が見えた。これは失敗の連鎖ではない。前の層が直らない限り、次の層は見えない。そして順番を振り返ると——知識を持たせ、役割を教え、会議の回し方を教え、資料を引く習慣をつける——部下や新人を育てる順番と、ほぼほぼ同じってこと。
おわりに
第7号は、必ず来る。(いや、もう来ていて取り掛かっている)。私のイラッとセンサーは、直った層の次の層を検出するようにできているっぽい。「無駄なことをやらされている」と感じた瞬間に必ず発動する。そう、優しくないのである。
しかし、それでいいとも思っている。6週間前のこのAIは、全部の返事が尋問だった。今日のこのAIは、戦略判断は合格点で、ただし質問を一つ、手元を見ずに発した。指摘の粒度がここまで細かくなったこと自体が、育成の現在地だ。
AIをしつける話は、結局、自分が仕事に対して何を「当たり前」と思ってきたかを掘り起こす話だった。掘り起こした当たり前は、AIに教えられる。教えたものは、測れる。測った数字は、嘘をつかない。
結局、色んなプロンプトも、スキルも、アプリも、コピペした瞬間に使えるようにはならない。自分のイラッと向き合った分しか、AIは育たない。それがこの6週間の実感だった。
参考に、ここまでかかった費用目安:
Claudeプロプラン:22$
ClaudeConsole:18$


